航海士の台風に関する認識
(海王丸座礁の謎)
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2004年は非常に多くの台風が日本列島に 過した大量の海水は滝の如く反対舷に流れ出していく。ステイやロープは切れて垂れ下がり、ヤードは無気力に揺れていた。また、孔が開いた外板や割れ てるの? 次から次から最悪の状況が思い浮かびました。 平成16年10月20日午後1 走錨し岩瀬漁港の防波堤に衝突、座礁した。 |
「台風による風とうねりが予想以上に強く、見込みが甘かった。練習船の使命を考えると遺憾である」 翌日救助された航海士がインタビューに答えたコメントです。 <パニックっている?> 伏木 は「(事前に)七尾湾などに避難する手段もあったのではないか」との見解を示すと共に、「高度な教育水準を持った人たちが乗り込んでおり、台風の勢力や船体能力などを総合的に判断して、避難場所を決められたと思う」とした。 <誉め殺し?> 海王丸船長が25日、
エンジンをフルに使えば、風速四十メートルでも耐えられると思った。風の強さが長く続いたことも予想外だった」と説明した。七尾港への避難をパイロットに忠 事故はスケジュールの航海士、機関士また部員の別なく必死であって、「見込みが甘かった、予想以上であった」などは論外です。スタンバイが解けるまで、いかなる場合も最悪の状況を想定し安全対策を講じなければならない。 そこで、このページでは台してみます。 |
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まずは台風の定義 1.熱帯低気圧のうち東経18 見えなくなることもある)海面は風下に吹き流された長い白色の泡の塊で完全に覆われる。至る所で波頭の端が吹き飛ばされて、水煙となり視程は損なわれる。 と、なっていますので、海王丸が座礁した時の風速40m/sがいかに凄まじいものであったか想像できるのではないでしょうか。 |
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台風の生涯は以下の4つの段階に区別される。 (これはその昔、二級海技士の国家試験によく出題されていた。) 発生期 5°N 〜 15°N 、
内に目をもつことがある。 発達期
発生した熱帯低気圧の一に中心を取り囲こむ。一般にこの時期目をもつようになる。
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最盛期
台風は赤道前線を離れ、シベリア気団と小笠原気団との間の前線帯に向かう。この前線帯は9月頃に南下して日本付近を走るようになるので、南西季節風気団と小笠原気団
の区域は中心から400kmに達することがある。 |
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図1:台風の月別平均経路 | |
中心は半径10km〜30km位の台風眼を持ち、その中心は風が弱く、雲も少ないが三角波が立つ。また、眼域内の天気は円対象になっており
増大し、次第に衰弱しながら時速40〜 尚、台風が日本に来襲した場合にその中心が過ぎた後も風が強く吹くのは、台風の背後には大陸から高気圧が東に張り出し、日本上空の気圧傾度が急になるためである。
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台風の進路予想は
1.台風の経路は平均して季節毎に特徴があるので、台風の現在における中心位置から平均経路を比較して、ある程度 圧降下の大きい地域に進む傾向がある。 4.一般的に低緯度では貿易風に乗って West→WNW→NW に進み、高緯度では上空の偏西風に乗って進む。つまり、西進中の台風は上層における偏西風のトラフが来ると、これに影響されて転向する。
5.高気圧を右に見て放物線に似た形で進む場合が多い。(高気圧からの吹き出しが台風を発達させるため。)すなわち小笠原高気圧が北側を抑えていればそのまま大陸に向かうが、この高気圧の切れ目に出会うと、North→NE
に転向し、小笠原気団とシベリア気団の間にできる低圧部の「気圧の谷」や「前線帯」に沿って進む。
6.補足:バイスバロットの法則(北
参考 トラフ
偏西風帯が南北 低気圧の中心から細長く伸びた低圧部。 前線 発生地が違う性格 |
台風に備える 一般流と逆向きの風が吹く左半円の方が相殺されて風が弱く、右側は一般流との和となるため風が強いと言われるため が左半円だからと安易に考えることができるとするものではない。停泊地の地形や独特の理由により左半円になった方が風:雨・波の強くなる場合もある。だから台風の右だろうが左だろうが危険なのです。とにかく影響のない程度中心から出来る限り遠く離れて風上に立て、うねりは船首斜めに受けて航行する事が鉄則だ。無理して中心に近寄る必要はない。 |
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錨泊時は、どちらが可航半円かなどを議論するよりも、むしろその理由とされる左半円と右半円の風向きの違
。右半円の場合はこの逆で左舷錨をメインにすべき 、通過以前の風速に増してより強い風がしばらく吹きつけること を許さない。 |
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図2:台風接近による錨泊船の位置変化(イメージ) 赤線は錨鎖方向、緑は停泊船舶 |
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台風23号の日本列島横断を左図に示した。台風は半日前に予想されたコースをほば予想された速度及び強度で通過した。、この場合に海王丸は、まぎれもなく
北〜北西の風を受けつつ走錨したと言えるからである。
何が予想外だったのか不可解だ? 台風のポジション 10/20/2100 35.6N 136.8E 10/21/0000 35.8N 138.5E |
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図3:台風23号の日本列島通過経路 ※印は海王丸の位置 |
あの超大型台風に対し海王丸が富山湾を錨地として選んだのも謎(船長の話によると魚網がない、水深が深くないことを挙げたそうだが、それは平常時に満足できる選定であろう・・・他に真意がなかったのか?)だが、船乗りが考える 出力が小さく(海王丸は3000馬力。これは700トン級のフェリーボートと同等)、緊急時に機関を使用して風に立てることが期待薄であることから、大型台風に対する錨地として、どちらかと言えば不向きであると言える。 単錨泊中に も達する。こうなればいつひけてもおかしくない。逆にひけないのが不思議だと考えて備え行動するほうが無難だ。エンジンを併用しこれに対応する。通常はDead Slow 〜 Slow で足りるがHalf までも使用するに至った場合は相当危険な状況下に達していると判断したほうがよい。 |
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走錨し、それを巻き上げて打ちなおす時間がない切迫時には、チェーンを切り外洋に避航させることもある。と言っても鉄鋸 外へ避難すべきであるということです。 つまり海王丸はあの日、保安部からの通達があった時点で七尾湾に移動し、そこがいっぱいでアンカーできなかった場合は富山湾に戻るのではなく速やかに日本海をめざし、その後N〜Wのコースに向けた方が良かったのではないかと思慮致します。
通常船では 「見込みが甘い」と直接死に結びつきます。ヨットも小型鋼船も大型船も区別はありません。これは当たり前のことです。 今回は大事故にもかいた餅” に全く興味がない。ただ、上記のようなことから、今後帆船教育の是非が問われざるを得なくなったことは非常に残念でならない。 最後になりましたが、す。ご苦労様でした。 |
参考までに 港では台風に備える場合、警戒体制や避難体制を整えるため、原則的に船長はこれにしたがわなければなりません。因みに大阪港では「大阪港海難防止対策委員会」が大阪港長及び阪南港長に具申すると共に各船に報せます。 |
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措置区分 | 台風の状況 | 措置内容 |
警戒体制 | ||
第一避難体制 | ||
第二避難体制 |
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補足:航海訓練所練習船の怪 |