Weather-routing and Sheltering

荒天予想 と 避航、避泊
(オペレーション編)

われら海族
 Index


1.荒天予想と避航動作
オペレーション担当の皆さん、荒天航海航路選定について、船長しかできないと思っていませんか? WNIのOSRオフィサーは必ずしも元船長ではありませんよ。一般大学を出られたみなさんと同年代の方々もいますからねえ。

その昔は、船長によって腕の差が相当あった。これはいかに天気や海象の変化を予想できるかの差であって、時化を避ける動作の差ではない。
時化の予想さえ定まれば、あとは二航士がやろうが、船長がやろうがそんなに大差ないということになる。それにはセオリーがあるからです。

FAXができるまでは、局長が無線で情報を受け1枚の天気図をこさえていた。その後は主にFAXを使用していたが、ほんの20年前でさえ、1日2回程度FAXで天気図が船に届いていただけです。そこから気圧配置を読み、過去の経験を元にその海域における季節の擾乱を加味して、この後どのように気象が変化していくか予想することは至難の業でした。そしてその後、本船の性能を把握して、最適進路、速力を決定するのです。
難しいのは直接的なその避航動作のように思えるが、そうではない。前者それを導くための予想なのです。こんな気象予報士紛いの芸当ができたのは、世界の海を何年もまたにかけたグレートキャプテンでしか在り得なかった。

「そんあことあるかい!」と、思われた方、じゃあ試しにやってみまひょか。今からアメリカ向け、及び、豪州向けにそれぞれ横浜港を出帆するとしましょう。巨大船ではないDW15000t級、ondeckに重量物を満載している。下の天気図でどうするか決めて下さい。
この天気図は9月の天気図だとして下さい。22N 140E付近と、24N 164E付近の低気圧は台風です。さあ、この情報だけで、どうぞ。

できましたか? ほう、それは相当すごいです。驕りが!
気象予報士さんほど勉強してるならざしらず、こななもんでなにゃわかんのよ。と、私は思う。
せいぜい日本近海の海流と、高気圧からの吹き出し、台風周りの風だが風速はいまいちわかりにくいですね。重要な台風の進路も予想つかない。高気圧にどう回り込む? 台風はすでに温帯域に入っりはじめているから偏西風の影響を受け始める。高層の天気図も欲しい。東の台風は前線に沿って走りそうだが、西の台風もセオリー通り行くか?私らにはここまでが関の山で、これじゃ素人とかわりない。こんなもんでは航路選定できない。
台風の今後の進路が予想つきません。そうです。台風の現在までの軌跡がありません。私が意図的に抜いているからです。これでは、さすがの自称グレートキャプテンでも手も足も出ない筈なのですけど。???

さあ、いよいよ上の天気図にマウスオンしてください。
・台風の進路
・Wave height/Direction
・Wind Barbs
・Current
・Visibility
あらゆる情報が入っています。ここからの航路選定は先ほどの物より、よっぽど容易ではありませんか?そういうことなのです。気張ったところで、敵わない。できたと言ったあなた! 本当にここまで予想できていたのですね?と言いたい。

今この時代、世界の海を知り尽くしたそんな船長などは、ほとんどいない。(フィリピン人やインド人、欧州人辺りには船長履歴10年なんてのがたまにいる) あの港、この海域に何回か行ったことはあるという人間はたくさんいる。しかしよく聞いてみると3rdのときにや、2ndのときだという、船長としての経験でなければ説得力なく、それはいかにも心もとない。
そのかわり、現代ではグレートキャプテンに勝るとも劣らない気象予報システムが開発されています。これは1枚の天気図ではない。1時間おきの各時観測情報が連なって情報として入り、人間が経験を元に想像する範囲をはるかに超えて予報してくれている。何より台風の予想コースが格段に信用でき、荒天範囲も手に取るようにわかる。さらにはその画面上で、本船の航行をシミュレートできるのだから、その昔
最も重要視された船長の経験知識に匹敵するものが、今は簡単に得られるのである。

最終決断は法のもと、船長がやるのです。積荷の状態、スケジュールは担当海技員とオペレーション担当が一番知っている。避航路/避泊の推奨や希望は彼らがやった方がよい。一方、本船の現在の状態(性能・現海象)は本船船長でないと把握できない。だから、本来はその間に部長などの優位的立場からの介入を行うべきではなく、権限委譲されなければ逆に危ない。
だいたいね、まともな船会社には運航基準規定というのがあって、これは国土交通省に認可されたものとなる。
そこには運航の可否判断に係る運航管理者(部長などになっている場合が多い)の指示として、
「運航の中止を指示することができるとなっているが、運航管理者は、いかなる場合においても船長に対して発航、航行の継続又は入港を促し若しくは指示してはならない。」
と定められる。
要するに、船長がその権限で運航しようとするものであっても、その中止においては介入しても良い。しかしながら、船長が危険と判断して中止しようとしているものを、運航管理者だからといって言葉巧みに説き伏せて出航させたり、危険回避しようとしているものに「行け」などと強要してはならないということである。
船社の狡猾な部長などになると、部下を叱責して船長に電話させ、泣き落としで「行ってくれ」などと迫らせるなどを目にしたが、絶対にやってはいけない。仮に止むにやまれない事情がある場合には、責任権社たる部長が自分でやるべきだと私はつくづく思っていた。大手等では、自分の逃げ道だけはちゃんと確保して成果を求める人間が多い。部長連中は、わかっていて部下にやらせるのだから恐ろしい。

話を本筋に戻そう。要するに、ここまで荒天予想が済まされているということは、航路選定のお膳立てが労せず全て整っているということであるから、8割がた終わったも同然です。あと必要なのは避航のセオリーだけなのです。
自分がいつまでも裁量できるよう後生大事にひた隠ししているそのセオリーをここに示します。

昔のセオリーは台風の右半円で300mile、左半円で200mile離すなどと単純明解だったが、今は温暖化の影響か台風が度々強大化していることや、進路が迷走することなどの負の要因が追加されたことに反して、細かい情報が得られるという良い傾向もあるので、やや複雑化している。それでも、動作は大別して、行くか(このままコースを保つか)、行かないか(時化を避けるか)しかない。しかし、どちらにしても、その明確な根拠が必要になる。
@行く場合(本船の喫水、積荷状況、機関状況、タイミング等を鑑み)
 ・前面が、自船の閾値(相対方向毎可航波高:船首方向3m,船横2m,船尾4mなど決めておく)としている風浪・波高以上にならないこと。
 ・前、横、後ろの風で、それぞれ閾値は異なることに注意する。一般的に追い風は向い風の場合より高波域に入れる。(高速船は追波ブローチングに注意する)但し、追い風だから必ず行けるというものでもない。
 ・目的地方向には進むが、本船の状態で堪えうるコースを選ぶ。Deviationコースを選択する正当な理由。
 ・シミュレーション中、閾値以内なら進航可能と判断し、船長にリコメンド/疑問を呈する。
 ・船長は自船の現在の積荷・機関・その他の状態を鑑み上記可否を決定する。
 ・航路選定に度胸はいらない。安全と経済性のみである。

必ずしもこれが正しいという航路選定はない。結果論で「よかった。」「いや、この方法も考えられた。」となるのが普通である。なぜそのコースを選んだかの理に適っていれば良い。
A行かない場合
 ・設定している閾値以上となることが予想できること。and 無理して急ぐ理由がないこと。(あっても行かなければ絶対に沈まない)
 ・錨泊またはHeave to を含むDrifting.でやり過ごす。場所は限られていて、今いる位置からの近場が良い。
  (ただし、錨泊の場合は、風向・気象変化に対応する形状の湾等の選定を間違ってはならない。低気圧の右になるか左になるかで風向変化は異なる。)
 ・逃げる(目的地方向に走るとは限らない)
 の3点のみである。

@Aに共通するのは、避航動作の最中、時化接近にも船のウィークポイントである横波や正面波とならなない進路を選ぶ。たったこれだけのことです。上記が頭に入っていれば、誰がやってもだいたい同じ航路選定となります。(その証拠が昔、乙長、甲長などの国家試験にあった航路選定の解答例です。セオリーがあるからこそ問題と解答が作れます。)

具体例
日本近海において台風に遭遇することが予想され、いわゆる避航しなければならないとするときは、大きくわけて一般的に二つのルートが定義されている。
(1)日本近海から南方へ下る航海中と、これとは逆に (2)南方から日本に向けて北上しつつある際である。よく台風の左半円は可航半円であるといいますが、それは(1)の場合であって、(2)の場合はしんどい。


日本近海から南方へ下る航海においても、説明のとおり左半円通過が20-30年前まではセオリーだった。経験に基づくところが大きかったと言ってもいい。当時は気象情報が少なかった(1日2回のFaxのみ)し、はっきり言えば台風がどっちに進むかも正確にわからなかった。しかし今では、隔時的に更新される詳細な情報があったり、荒天域も明確にわかる。その中で本船の避航動作をシミュレーションできたりもする。また台風が迷走して転向しないということもしばしばです。だから諸条件(台風が小さい、転向点を過ぎコースがほぼ確定していると判断できる。本船の状態、経済性等)を鑑みて、台風の右半円(太平洋側)に出ることが有益だと判断できることも往々にしてあります。科学の発展と共に航法も変わってきていますね。
「頑な」考えは、より危険を生みます。的確な状況判断をお願い致します。冷静かつ多角的に、そして柔軟に考えなければなりません。


関連ページ:台風避航編

CPやGeneral instructionにも「最短距離を航行する」や早回しの協力について書いてあるが、船長の権限に勝るなどとは書いてない)船長は己で本船の閾値を決めて判断しているのですから。たとえチャータラーであったとしても、そこへ持ってきて船長に「行けるじゃないか!」ではないのです。「こういう風に考えますがそちらの状況はどうでしょうか?」 船長が理論に同意すれば行ってくれるかもしれないし、これこれこうで採用できないのですよ。という回答をもらえるかもしれない。それ以上なにものでもない。だからオペレーション担当などは@Aをわかっていればそれでいいのです。(船長に疑問を呈する能力は必要。)
たまーにいますよ。これ以上走れないからどうすればいい?なんて船長が。しかし、それは稀です。

明日からの荒天避航においてこれらをご活用下さることが、私の本懐です。自分で考えられること、それが必ず安全につながります。



2.台風と本船との相対運動計算(例)
本船から見た台風の方位 195°
本船からの距離 600mile
本船のCo. <250>, speed 12.0kn’t
台風のCo. <315>, speed 6.0kn’t
の条件で再接近距離と最接近時間を求めます。


3.日本国内における外国籍船の荒天避泊について
内地での荒天避航やバース待ち等で、必ずと言っていいほどの勘違いがあります。
「バース待ちが5日間ありますので、道すがら○○でアンカーさせていいですか?」
「このまま行けば、5m高波域があるので、道すがら○○湾でアンカーさせます。」
などです。
フィリピンや中国、韓国等外地ではこういったことが各所可能(寛容)であるため、誤解をするのでしょうが、日本サイド(保安庁)は非常(and非情)にシビアです。外国籍の船が領海内でdriftingしたり、勝手に錨泊することはできません。保安庁から大目玉を食います。

錨泊のチャンスがあるのは、おおむね入港地及び出港地のみと考えらます。ですがそれも、ご存知のとおり、入港地で24-72時間制限があったり、出港地も速やかに出て行けというのが一般的で、なかなか許可されません。そこで「まず代理店に聞いてみろ」と言われるのです。
その他、入港(錨泊、または領海12mile以内でのdrifting)が認められるのは、切迫した危険(imminent danger)がある場合に限られます。言い換えれば緊急であることが要件なのです。だから、台風通過の半日−1日前で、未だ揺れてもいない時期から「緊急入港だ」と言っても認めらるはずがないのはわかって戴けますね。
ただ、「進航方向に荒天域があって、このまま航海すれば荷崩れや、転覆等の危険が予想されるので、入れてもらえませんか?」は許可される場合があります。
時期や状況、理由など正当性の判断がなかなか難しく、また三管、四管、五管などは説得しにくいが、その他の管轄管区(六管)は融通をきかせてくれることもある。など、さまざまな角度でグレーゾーンがある。

上記の関連法規は
港則法10条、26条、29条、31条、37条
特定港85港(水深があって外国船が常時出入する港)で、
港長は航行の制限、禁止、移動制限、港外退去を命令できる。などと書かれています。
これは、港ごとの対応(港長独自の判断)となっていて危険を防止し、混雑を緩和するためである。
(着岸中に発せられる避難勧告については、法的な強制力はなく、離桟の決断はあくまでも船長に委ねられる。と、船長協会は見解している。但し、これによってる生じる責任は別)
これに対し、平成20年施行の「領海等における外国船舶の航行に関する法律」(領海及び内水について)では、
第4条 外国船舶の船長は、領海内等において停留等を伴う航行をさせてはならないが、海難等その他危難を避ける場合等、
やむを得ない理由がある場合はこの限りでない。
(ただし、ここに無害通航権はあり、平和・安全を害さない限り領海を自由通航できる。軍艦は害があるとみなされダメ)
第5条 
外国船の船長等は領海等において当該外国船舶に停留(アンカーでなくDriftingでも)等をさせる必要があるときは、外国船の名称、船籍港、停留等又は通過航行させようとする理由等を最寄の海上保安庁事務所に事前通報しなければならない。
と、船長への通報義務を課している。

*しかしながら、前文でも紹介したとおり、台風避難だと言っても、早い段階(切迫していないと)だと保安庁は港則法を盾に拒否される(錨地には限りがある。自国船のために錨地を空けといてやりたい気持ちもわかる。)し、かといって、遅くなればなるほど錨泊地は詰まってきて入れない。ジレンマがある。こちらからすれば「大荒れになったのちに、ノーパイで浦賀に入って行くぞ!いいのか?」と、なるわけだ。
現行日本では、外国籍船は人命に危険がある場合を除いて、自国の内水・領海を避難水域として利用することを、よっぽどのこと(荷崩れ、機関故障等)がない限り海上保安庁に拒否される。と考えておいた方が無難。(これは日本人が乗っていてもです)横浜コーストガードレディオ(3管)などは特に顕著である。
よって「Waitingのための錨泊だ」などと口が裂けても本船に言わせてはならないということになります。なるものもならなくなる。

オペレーション業務として船社(運航者)から保安庁にお願いをする等に異論を唱える方もいるようだが、避泊に関し、着岸中は代理店が港長(保安庁)に頭を下げに行ってくれている。(本船船長が港長まで行って泊めてくれと交渉するか?) 航海中、運航者が同様に援護してやって、なんの不都合があるのかと、私は思う。
根拠:「領海等における外国船舶の航行に関する法律」に書かれた事前通報義務者は「外国船の船長」となっています。そして5条3項には、
外国船舶の船長等がしなければならない通報は、当該外国船舶の所有者又は船長等若しくは所有者の代理人(広義で運航者も入る)もすることができる。と、書いてあります。

しかし、運航会社にはこういうことに消極的で、やってやらない主義のエライさん(元船長)もいます。
「本船船長が保安庁に連絡するのが鉄則だ」などと言って聞かない。(そうではない)
「必ず相談せよ」という割に、本船が現場で困り切っていても、オペレーションの女性がうろたえていても、電話して船長を説得するでなし、保安庁に頼んでやるでなし、「あとは船長に任すんだな」と、人情の欠片もない。逃げる。
保安庁は上記によって本邦籍を優先すると高を括った人も多いし、また必ずしも英語がペラペラでない担当者もいて、外国人船長からの連絡を門前払いする方もいます。
船長よりも早く前以て、「本船は日本の会社がオーナーで、同様、日本の会社がオペレーションをしているし、全て本邦の貨物を運んでいる」などアピールし、荷崩れや、積荷の状態、今、本船がいかに危険な状況におかれているかの詳細を日本語で事前情報として入れてやって頭を下げれば、保安庁も深慮してくれる場合があるのです。
(ただし、保安庁との交渉は社の立場がある人でないと耳を傾けてくれない傾向がある。当然です。)


付録
日本の顕著な岬等Map
フィリピン周辺の重要海域

日本国内の避泊地
日本近海の避泊地

作者著書