航海士の台風に関する認識 2
(台風避航編)
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台風は一般流(貿易風・偏西風)によって移動する。低緯度帯では小笠原高気圧のまわりを吹く北東貿易風によって移動し、その後、偏西風(南西風)帯に入り、その影響によって北東へ進むことが多い。 そして、台風は一般流(貿易風→偏西風)と逆向きの風が吹く左半円の方が相殺されて風が弱く、右側は一般流との和となるため風が強いと言われるためか、一般的に左半円が可航半円(または避航半円)と呼ばれるが、それは右半円が危険半円と言われることに対するのみの呼称に近いと考えた方がよい。右半円に比べると比較的緩やかになるだけだ。要するに、不幸にも航行上二者択一に及んだ場合の苦渋の選択肢であって、積極的航行区域ではないということです。ましてや停泊時における台風通過が左半円だからと安易に考えることができるとするものではない。停泊地の地形や独特の理由により左半円になった方が風:雨・波の強くなる場合もある。だから台風の右だろうが左だろうが危険なのです。 近年はセオリー通りに移動せず迷走する台風も多いことから、あらゆる情報を活用し一層注意をするに越したことはない。安全の観点からは、とにかく出来る限り、影響のない程度台風の中心から遠く離れて航行する。無理して中心に近寄る必要はない。 でも商船ではそればっかりも言ってられないのでねえ・・・。難しいところです。 日本近海において台風に遭遇することが予想され、いわゆる避航しなければならないとするときは、大きくわけて一般的に二つのルートが定義されている。 (1)日本近海から南方へ下る航海中と、これとは逆に (2)南方から日本に向けて北上しつつある際である。よく台風の左半円は可航半円であるといいますが、それは(1)の場合であって、(2)の場合はしんどい。 前者の場合には、予報円から200mile離れて台風の前面を突っきり、可航半円である左半円(但しこの場合も台風の中心から十分に離れてその影響を避ける)を通過します。 これは、絶えず追波・追風を受け安定した航行(ただし船によってはブローチングで危なっかしく走れないこともある)が出来ると考えられるからです。また、前面通過で左半円を通過するということは結果的に日本沿岸を航行することになり、最悪の場合でもシェルタリングなどの二次的動作を作りやすい。逆に十分な距離を保ったから右半円通過で大丈夫だと高を括っても、台風が転向し近づいて来た場合には逃げ場を失ってえらい目に遭う。 |
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片や南方から日本に向け北へ上る場合、このときは船をDrifting(船はSlowやHalfなどで長時間航行することは出来ない為)させるなどの措置を講じ、台風をやりすごして、十分な距離を保ち航行するというのが鉄則とされています。要するに台風の後を追いかけるのが無難ということですね。船舶が北上し台風の前面を通過するのは絶えず向い波、向い風を受けて進むことになり、速力の低下を及ぼし台風から抜けきらない状態が続くと懸念されるからに他なりません。また、目的地に達したところで、良港に避難できなければ、台風が船を追いかけ接近した場合、再度危険に陥ります。 Drifting中、台風の進路が急転し接近するなどになれば、場合によっては思い切って南下する決断もある。機を逸してはならない。 しかしながら、この船舶が北上する場合であっても台風の進路から外れて行く傾向にある航海がその後継続される(台風の予想進路と船舶の進路が90度付近で交わる)ならば、一般的には予報円から250-300mile程度離して台風の前面通過しても影響が少なく航行できることも得てしてある。 この場合も勿論、風上に立て、うねりは船首斜めに受けて航行する.。 |
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こういうこともあって、どちらかと言えば。北上船の航路選定の方がやっかいである。では、問題の北上船について事例を挙げ、それについて解説します。 |
本船はシンガポールを出港し、鹿児島に向かう航海途次、ルソン島をかわり、バシーに入るところ19-02N
119-02Eで、ルソン島のはるか東の太平洋上で台風8号の発生となった。
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図2:台風8 MORACOTが発生 8/4/0000現在の天気図 緑は本船の位置 |
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上記の天気図から見て、台風はまだ遠い。前面通過がまず頭をよぎらなければ船乗りではないだろう。以下はその後のシュミレーションである。 |
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全く拙劣かつ無謀なルート選定であると言って過言ではない。一瞬ギャグかと思った。 わざわざ1日待って前面通過など、100人船長がいたら、97人(世の中変わった方とヘンコツはどこにでもいる。)はやらないだろう。セオリー完全無視。唯一正論だった「台風の前面にはでないこと。」というポリーシーも自らが捨てている。 ここまでぐずぐずにしてしまった場合、安全に重きを置くなら、普通台風のコースが変わった時点で南下ですね。 それでないと初動のDriftingはなんだったのかということになる。今更取り戻そうなど、自意識過剰は絶対にいけない。逆に信頼を失うだけである! まあ、天気図を見る限りこれでも事故は起こらないであろう。 ならば、初動は前面通過で良かったのではないか? 私が何を言いたいか! (安全航海を遂行した乗組員を労うのは勿論だが・・・) 天候は時々刻々変化するものであるから朝令暮改は良い。しかし、一度定めた基本方針は決して覆してはならない。現場が混乱するからである。 台風避航・航路選定に「絶対にこれっ!」、「俺しか正解はない!」というものなどもない。 ここで上記した200mileだの、250mileだの数字も、あくまで目安でしかありません。なにがなんでもこの距離だというのは愚考です。 船舶のオペレーションを担当している経験薄い方が、これだけを鵜呑みに台風避航を目指そうと躍起になっている姿を見受けるが、現場は天気図より荒れている場合もあれば、走れていることも多い。 また、やはり商船である以上安全の次に必ず採算を視野に入れておかねばならない。 「台風が来たから止まる! 300mileで避航する!」 では3rd mateでもできる。Devation と Detention もまた出来る限り避けたいのが心情であろう。したがって、いずれの場合も、どれほど速力に余裕があるか、船舶の大きさ、積載貨物、船舶の性能、などにより避航動作は考慮されなければなりません。台風の規模、進路(迷走中か)、また台風の発達期か最盛期か衰退期かによっても大きく異なります。 ですから、 300mile離せば絶対大丈夫か? はたまた 200mileだから絶対危ないか? と訊かれれば、答えは双方 NO ということになります。 例えば、 (1)日本近海から南方へ下る航海においても、説明のとおり左半円通過が20-30年前まではセオリーだった。経験に基づくところが大きかったと言ってもいい。当時は気象情報が少なかった(1日2回のFaxのみ)し、はっきり言えば台風がどっちに進むかも正確にわからなかった。台風の進路の季節性ぐらいが頼りだったか? しかし今では、隔時的に更新される詳細な情報があったり、荒天域も明確にわかる。その中で本船の避航動作をシミュレーションできたりもする。また台風が迷走して転向しないということもしばしばです。だから諸条件を鑑みて、台風の右半円(太平洋側)に出ることが有益だと判断できることも往々にしてあります。科学の発展と共に航法も変わってきていますね。 「頑な」考えは、より危険を生みます。的確な状況判断をお願い致します。冷静かつ多角的に、そして柔軟に考えなければなりません。近年は迷走台風も多いが基本線の「余裕のある時期に、的確に!」は変わらない。 |
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作者著書 | ||||
*ここに揚げた事例は、フィクションです。作者が面白可笑しくシュミレーションしたもので、実在する船舶が航海したものではありません。それらとなんら関係のないことをご理解下さい。 ただ・・・ベテランのオペレーション担当の中には、現場船長の意向・現場の状況など関係なく、いかなる場合も、元船長を傘に自分が決めないと気が済まない困った方もいる。その傲慢さはある意味敬服にも値するが、つまらいプライドによって乗組員には計り知れない苦労と精神的ダメージを強いることになる。若手オペレーション担当の方はこれらしがらみの他、営利と安全の間に挟まれ大変でしょうが、そのことを深く理解して頂くことが私の望みです。 疑問を呈することができることこそ能力です。このHPがお役に立てれば幸いです。 |