無害通航権と群島航路

われら海族
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群島航路(ALS: Archipelagic Sea Lanes)という概念をご存知だろうか?
多数の島から成り立つ国家であるフィリピン、インドネシア、パプア・ニューギニア、マーシャル諸島などは群島国家と言われ、その外側に位置する島と島(島間125mile以下)をつなげた群島基線を設定してそれより12mileの海域を領海と定めている。この群島基線内を群島水域と言い、領海同様に主権が及ぶ。
しかしながら、一般的に群島水域であっても、河口,湾,港以外は内水に当たらないから、領海と同様に他国船は無害通航権を有することになる。
だからといって、無秩序に航行されて事故が起こっても困る群島国は、そこに国際的に認められた群島航路ALSを指定し、船舶を主に通航させて管理することが多い。

インドネシアのKarimata海峡、Makasar海峡やBanda海などのALSが有名だ。

(日本では、内水において外国船舶が水域施設等に到着し、又は水域施設等から出発するための航行以外の航行をさせないとしている。)

無害通航権とはその領海を支配する沿岸国の平和・秩序・安全を阻害することがない限り、事前通告(入港における「船舶保安情報」の事前通報は別)なしに領海(沿岸から12mile)内を通過できるというものである。ただし、内水はこの限りでない。内海は内水とされる。(日本は領海法で瀬戸内海を内水としている。)
では、無害でない通航とはどんなものか。これは、軍艦はダメ!など、船種で決定されるのではなく、国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the Sea)19条2に規定されていて、具体的には
a. 武力による威嚇又は武力の行使
b. 兵器を用いる訓練
c. 沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為
d. 沿岸国の防衛又は安全に影響を与えることを目的とする宣伝行為
その他、などと書かれている。

日本では他国籍軍艦の無害通航権を認めているにもかかわらず、尖閣諸島では中国の巡視船が領海内に入ったことを度々問題視し、中国筋は無害通航権を主張しているようで、揉めています。
日本がこれら尖閣諸島域に入る中国船に対し、d.に抵触している(領海侵犯)と考えているのと、領海等における外国船舶の航行に関する法律で、日本の領海での許可のない停留、錨泊、係留、徘徊を禁止していますから、取り締まりの対象となるからなのですね。

ちなみにフィリピン関連では、台風避航やショートカットのため、Balintang Cannel を通過したり、Balabac Strait から Sulu Seaに入ってBohol Sea 抜け Surigao Strait を通過する航路、または、Cebu島の西or東を経て、San Bernardino海峡を通過する航路や、Basilan Strait からSulu Seaに入りMindoro Strait を抜ける航路などがあって、国会等で群島航路ALSを設定するアクションは取られているようですが、その一方フィリピンの憲法では群島水域内の全てが内水であるとの考える向きもあって2017年現在、国内法で未だ制定されていません。フィリピン人船員が乗組んでいる船の場合はまず問題ありませんが、いつフィリピン政府が強制力を行使されるかもしれませんので注意が必要です。

(フィリピン近海の地図はこちら)

国際法が国内法(憲法)に必ずしも勝るとは限りません。国によっては、条約を批准し、それを国内法化してこそその効力が発揮されるという解釈もあって、国際法を盾にしてもだめなのです。

一方、インドネシアのKarimata海峡には前述のようにALSが設定されていますが、スンダ海峡から北上し南シナ海に抜ける船には遠回りになるため、比較的喫水の浅い近海船などはALS外のガスパル海峡を通過したりもしている。



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